大判例

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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)4409号 判決

原告

浅井岩根

右訴訟代理人弁護士

高柳元

大田清則

西野昭雄

上柳敏郎

小笠原伸児

荻原典子

小関敏光

佐久間信司

杉浦龍至

鈴木義仁

武井共夫

竹内浩史

福島啓氏

松川正紀

三木俊博

矢田政弘

山田秀樹

渡辺和義

鈴木良明

内藤正明

被告

亡小林俊枝承継人

小林光彦

被告

亡小林俊枝承継人

小林淳

右両名訴訟代理人弁護士

住田正夫

中野俊彦

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

纐纈和義

後藤和男

主文

一  被告小林光彦、同小林淳は、各自原告に対し、金五三万七三六二円及びこれに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告の被告小林光彦及び同小林淳に対する本判決が確定したときは、原告に対し、金一〇七万四七二四円及びこれに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告小林光彦、同小林淳は、各自原告に対し、金一四四万一三一〇円及びこれに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告に対し、金二八八万二六二〇円及びこれに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の妻訴外浅井裕美子(以下「訴外裕美子」という。)が運転し原告が所有する車両(以下「被害車両」という。)と訴外亡小林俊枝(以下「亡俊枝」という。)が運転する車両(以下「加害車両」という。)とが衝突した事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が亡俊枝の相続人である被告小林光彦(以下「被告光彦」という。)及び被告小林淳(以下「被告淳」という。)に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求し、加害車両を被保険自動車とする自動車保険契約の保険者である被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)に対し右保険契約に基づき右損害賠償額の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年一〇月二五日午後四時二五分ころ

(二) 場所 名古屋市名東区一社〈番地略〉先路上(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(名古屋○○ぬ××××)

右運転者 亡俊枝

(四) 被害車両 普通乗用自動車(名古屋××て○○○○)

右運転者 訴外裕美子

所有者 原告

(五) 事故態様 信号機の設置されていない本件交差点において、北から南に進行していた被害車両と西から東に進行していた加害車両が出合い頭に衝突し、加害車両前部が被害車両右側面を破損させた。

2  亡俊枝の過失

本件事故は亡俊枝の過失によって生じたものである(ただし、過失の内容、程度については後記過失相殺に関し争いがある。)。

3  保険契約

被告東京海上は、本件事故当時、加害車両を被保険車、亡俊枝を被保険者とする自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。本件保険契約の約款には、左記の趣旨の規定がある。

(一) 対物事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、被告東京海上が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、被告東京海上に対して第三項に定める損害賠償額の支払を請求することができる(約款第一章八条一項)。

(二) 被告東京海上は、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したとき又は裁判上の和解若しくは調停が成立したとき等に、損害賠償請求権者に対して次項に定める損害賠償額を支払う(同条二項)。

(三) 前記の損害賠償額とは、次の(1)の額から(2)の額を差し引いた額をいう(同条三項)。

(1) 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額

(2) 被保険者が損害賠償請求権者に対して既に支払った損害賠償金の額

本件保険契約において対物賠償責任の保険金額は一〇〇〇万円であった。

4  被害車両の時価

本件事故当時の被害車両の時価は一七二万円であった。

5  損害の一部弁済

本件事故につき有限会社ナゴヤレッカーのしたレッカー等代金五万五六二〇円(消費税を含む。)は本件事故により原告に生じた損害の一部であり(甲一五、一六)、被告東京海上は、平成五年一二月一六日、本件事故の損害賠償の内金として、右レッカー等代金を弁済した。

6  亡俊枝の死亡

亡俊枝は本訴提起後平成一〇年七月二八日死亡し、夫である被告光彦、子である同淳が各二分の一の相続分につき相続をした。

二  争点

1  買替え損害額

(原告の主張)

一四五万七〇〇〇円

(一) 本件事故によって被害車両は破損して本体部分にまで損傷又は歪みを受け、所有者である原告は、平成五年一〇月三一日、一七三万円(車体本体価格及び諸費用から被害車両の下取り価格を差し引いた金額)を支払って被害車両と同種の車種(ホンダプレリュード)の新車を買い替えることを余儀なくされた。

買替車の車両本体価格は、一九九万三〇〇〇円であり、本件事故当時の被害車両の時価は一七二万円であった。よって、原告は、この買替えによって一九九万三〇〇〇円から一七二万円を控除した二七万三〇〇〇円の利益を得た。

したがって、原告が買替えに際して現実に支払った金額は一七三万円であるので、右買替えに伴う損害は一七三万円から二七万三〇〇〇円を控除した一四五万七〇〇〇円となる。

(二) 買替えの相当性

以下の理由により、本件事故に際しては被害車両の買替えが相当であった。

(1) 物理的全損

本件事故により被害車両はいわゆるバナナ状損傷を受けた。そして被害車両はいわゆるモノコックボディー車であり、しかも損傷の内容はピラー、ルーフ、フロア部分等に特に重大な損傷を受けたというもので、元の安全性をもった状態に修理することは到底不可能である。

したがって被害車両の右状態はいわゆる物理的全損となったもので、買替えが必要である。

(2) 経済的全損

被害車両の損傷状況は前項のとおりであるから、仮にこれを修理したときにはその修理代は一八七万〇二四七円を要し、被害車両の本件事故時の時価である一七二万円を上回る。

また仮に右修理代金が被告らの主張の事情を考慮して九五万一一〇二円(ただし右はレッカー代相当としての五万円を含むので、これを除くと九〇万一一〇二円である。)であったとしても、評価損が被害車両の本件事故前の時価である一七二万円から事故修理完了後の推定価格一一八万円九〇〇〇円を差し引いた五三万一〇〇〇円、自動車を使用できなかったことによる損害が一日当たり二万円で相当な修理期間六〇日間の損害一二〇万円、以上合計が二六三万二一〇二円となり、買替えた場合の損害額一四五万七〇〇〇円を大幅に上回る。

したがって被害車両の右状態はいわゆる経済的全損となったもので、買替えが必要である。

(3) 社会通念上の買替えの相当性

仮に右のような物理的全損、経済的全損の事情が本件において認められなくても、以下の事情から被害車両の買替えが必要であった。

ア 車体の本質的構造部分についての損傷であったこと

被害車両はいわゆるモノコックボディー車であり、このようなモノコックボディー車にあっては、ボディー自体が車体の本質的構造部分である。シルやルーフはモノコックボディーの重要部分である。被害車両は本件事故によりボディーに損傷を受けた。

モノコックボディーの場合、サスペンションはボディーに直接取り付けられているので、骨格部位に損傷を受けるとボディーアライメントに狂いが生じ、ホイールアライメントも狂い、正確に修正されない限り、その弊害はハンドルの流れ、タイヤの片べり、ドッグランニングなどの形で現れ、走行安定性、走行安全性を欠く。

イ 車体の本質的構造部分についての重大な損傷であったこと

(ア) 財団法人日本自動車査定協会の中古自動車査定基準

本件事故により被害車両には、財団法人日本自動車査定協会の中古自動車査定基準における左記の各ランクに該当する損傷が生じた。

Aランク ボディーサイドシル

リヤフェンダ

Bランク インサイドパネル

Cランク ピラー

ルーフ

Dランク フロア(フロア、フロアパネル、インサイドシル)

(イ) 本件事故による被害車両の損傷は、いわゆるバナナ損傷と呼ばれる重大な損傷である。

ウ 社会通念上買替えが相当であること

(ア) 社会通念の変遷と社会環境

現在の社会通念においては、自動車は贅沢品ではなく生活必需品となったのであり、安全性に対する消費者の要求の厳格化、自動車構造の複雑化等に鑑みれば、事故車の買替えを相当と認める社会通念は大きく変遷している。

また、高度経済成長の波に乗って、高速道路網が全国的に拡充整備され、自動車自体の性能が向上したため、高速走行を行う機会が著しく増大した。その結果、自動車の走行安全性(アクティブセイフティ)、衝突の際の衝撃吸収能力(パッシブセイフティ)が大きく要求されるようになり、設計等における車体構造が精密化し、修理にも相応の精度が要求されるようになった。ところが、現状の車体整備業界においては、特段の資格制度も設けられておらず、その実態は、経験と勘に頼る旧態依然の状態であり、特に、走行の安定性の維持のため不可欠な車体寸法、アライメントを正確に回復するための前提となる三次元計測器さえも十分に普及していない状況にある。

ボディーアライメントの修復を正しく行うためにはボディーの計測を正確に行うことが不可欠であるが、多くの板金業者が利用しているコンベックスルール、トラムトラッキングゲージ、フレームセンタリングゲージだけでは、正確な計測ができない。特に高さの計測については、かかる計測機器では困難であり、実際には計測が行われていない現状にある。

修理業者と対比して絶対的に優越した地位にある保険会社から安い均一工賃を押し付けられた修理業者としては、フレーム修正機、三次元計測器等の必要な機器をそろえるための設備投資もすることができず、さらには、ユーザーには簡単にはわからない部分で手抜き修理をする等の自己防衛に走らざるを得ないものと考えられ、前記のような旧態依然たる修理業界の実態は、このような保険会社による行き過ぎた修理費用抑制策にもその原因がある。

最高水準の技術者が最高水準の設備を用いて修理を行えば物理的には修理可能な損傷車両であっても、前記のような修理業界の実態及び保険会社の行き過ぎた修理費用抑制策の下においては実際に完全な修理がされることを期待するのは困難といわざるを得ず、また、専門知識を有しないユーザーにしてみれば、外見上はともかく、完全な修理がされたのかどうか確認するすべを有してはいない。

買替えが社会通念上相当と認められるか否かを判断するに当たっては、以上のような社会通念の変遷と社会環境を前提とすべきである。

(イ) 現在の社会通念上の買替え相当性の判断基準

自動車事故は、自動車のユーザーとユーザーとの間で発生し、その損害賠償は、当該各ユーザー間に発生した損失の分担を目的とするものであるから、社会通念の標準は自動車ユーザーの社会通念によって判断しなければならない。そして、ユーザーの社会通念は、市場原理を通じて公正な中古車市場において最も端的に表現されるものである以上、社会通念上の買替え相当性の判断は、当該車両が、公正な中古車市場でどのような評価を受けるかによって判断するべきである。具体的には財団法人日本自動車査定協会が制定した「中古自動車査定基準及び細則」における事故車査定基準に該当するかどうかで判断すべきである。

個別の事故車両について、余りに厳密な客観性を求めるならば、物損事故における請求額が比較的少額であることと比較して、被害者側にかかる労力と費用は莫大なものにならざるを得ず、事実上被害者に泣き寝入りを強いる結果となることは明らかであり、右のように類型的に考え、被害者が損傷の部位を特定し(これは、修理見積によってある程度容易にできる。)、右事故車査定基準に当てはめる方法によって比較的容易に被害者救済の道を開くことが可能である。仮に当該車両について安全性を回復できる修理が相当額の費用でできるのであれば、被害者の右のような主張立証に対して、専門家であり十分な知識と能力を有する保険会社がその反証をすればよい。

右基準に照らした場合、被害車両は、フロア、インサイドシル等に最も重いDランクの損傷が生じているのであるから、社会通念上、買替え相当として買替えが認められるべきである。

事故車には表の市場性も正規の市場価値もなく、したがって、日本の平均的ユーザーの経済力が向上し、安全性に対する要求が強まる一方の今日において、事故車が相手にされないのは、もはや社会通念である。

したがって被告らは、社会通念上、原告が被害車両を修理し事故車に乗り続けることを強制することはできない。買替えは社会的に相当である。

(ウ) モノコックボディー車の損傷修理の困難性

モノコック構造は、直接衝撃を受けたフェンダーパネル等が著しく損傷をする。また、モノコック構造の場合、ボディーの一部に意識的に衝撃に弱い部分を設定し、事故等で衝撃を受けた時、それらの部分が壊れることによって力を吸収する仕組になっていること、そのため一部に加えられた衝撃も、ピラーやルーフを介して、ボディー全体に波及しやすいという特性を有していることから、全体に波及した影響を除去して修復することは極めて困難となる。特に、本件事故ように、加害車両によって側面から衝突され、サイドシル及びピラーに損傷が発生した場合は、ローリングモーメント(正面からみて、ボディーが左右どちらかに傾いてしまった状態)が発生すると共に、ヨーイングモーメント(上からみて、ボディーがバナナのように衝突部位を中心に巻き込むような形で変形した状態)も発生し、ボディー自体を事故前の完全な状態に修正することは極めて困難である。故に、被害車両においても、サイドシル及びピラーに損傷が発生している以上、社会通念上買替えが認められるべきである。

モノコックボディーは、フレーム構造ボディーと精度、複雑さにおいて格段の差異があるため、その損傷の修理については、用いる器具、機械の性能の高さ、正確な計測、熟練した技術者による正確かつ丁寧な作業が必要とされるのであり、モノコックボディー構造の車は、フレーム構造の車に比べ、その修理が困難である。

しかし、前記のような現在の修理業界の実状を前提にすれば、自動車の骨格部分に及ぶ損傷、少なくとも「中古自動車査定基準及び細則」のC又はDランクに該当するような損傷を受けた自動車を元どおりの安全性を回復するように修理することはほとんど不可能に近い。

(被告らの認否等)

本件事故により被害車両が物理的全損、経済的全損となったこと又は社会通念上買替え相当となったことはいずれも否認する。

本件事故による被害車両の修理代金は八四万〇三六七円を超えることはない。また評価損も発生しない。

(右に対する原告の反論)

(一) 被告東京海上の見積りの問題点

被告らが前記修理代金を主張する前提となった被告東京海上作成の見積書(乙一)には、被害車両を修理するために必要不可欠な作業について、以下のとおり多くの誤りがある。

(1) 損傷確認及び計測のための脱着作業が全くといってよいほど計上されていないこと

ア サスペンション等の脱着が計上されていない。

アンダーボディーの計測ポイントの多くは、サスペンション、マフラー、エキゾーストパイプ、フューエルタンク等に隠れているため、これらの部品を取り外さなければ、アンダーボディーの正確な計測は不可能である。被告東京海上の見積りはこれらの部品の脱着を計上していないので、およそアンダーボディーの計測を予定せずに作成されたものと考えられる。

イ フロアメルシートの取替えが計上されていない。

フロア内部の計測ポイントがフロアメルシートの下にある場合があり、これをはがさないと正確な計測ができない。被告東京海上の見積りはフロアメルシートの取替えを計上しておらず、キャビン内部の計測を意識せずに作成されたものと推測される。

ウ 三次元計測機の使用を予定していない。

コンベックスケールとトラムゲージでは、投影寸法で記載されたアンダーボディーのフレームチャートに基づいて計測しても、十分な精度は期待できない。アジャスターマニュアルには、センタリングゲージ、トラムゲージ、コンベックスケールを組み合わせて、損傷個所の基準水平面からの高さを計測する方法が記載されているが、かかる方法では正確な計測は不可能である。また、同マニュアルにはトラムゲージによる投影寸法の計測方法が記載されているが、トラムゲージが基準水平面に平行に設置される保証がないので、正確な投影寸法を計測することは困難である。やはり、アンダーボディーのフレームチャートに基づき投影寸法を計測するためには三次元計測機又はジグ式フレーム修正機に付属した測定装置が必要不可欠である。

さらに、トラムゲージでは修正作業中の測定は実務的に不可能で、特に同時多方引きが必要なバナナ損傷の場合には、数個の計測ポイントの絶対的位置を指し示しながら引き作業を行う必要があるので、三次元計測機又はジグ式フレーム修正機に付属した測定装置が不可欠となる。

以上のとおり、被告東京海上の見積りは、ボディー寸法図又はチャートに基づいた正確な計測、特に修理作業中の計測を行うことを予定していないので、そのような見積書に基づいて被害車両を修理しても、本件事故前に被害車両が備えていた走行安定性及び衝突安全性を回復することは不可能である。

(2) 右リヤサイドメンバーの修復が計上されていないこと

本件事故により被害車両の右リヤサイドメンバーにも損傷が生じたにもかかわらず、被告東京海上の見積りは右損傷に対する修復作業を計上していない。

(3) 四輪アライメント調整が計上されていないこと

フレーム修正を伴う大規模破損車両を修復する場合、車両の走行安定性及び安全性を回復するためには、ボディーアライメントの回復が必要不可欠である。ボディーアライメントとはボディー各部の位置関係のことであり、ボディーに損傷を受けた車両の修復にあたって、自動車メーカー等が発行しているボディー寸法図、フレームチャートに記載された基準寸法に損傷車両のボディー各部の寸法を合わせることにより、ボディーアライメントの回復がされることになる。モノコックボディーの場合、サスペンション(車輪を支持する機能部品)はボディーに直接取り付けられており、ボディーアライメントの回復が不十分であると、サスペンションの取付位置に狂いが生じ、ひいてはホイールアライメント(車輪の整列)に影響が出て、走行安定性及び安全性に問題が生じる結果となるからである。

フレーム修正を伴う板金修理を行った場合、ホイールアライメントを行って、少なくともホイールアライメントの各角度がメーカー発表の基準値の範囲内に収っていることを確認すべきである。

事故によりフレームが変形し、サスペンションの各アーム類の取付位置が狂ってしまった場合には、正確なボディー修正を行い、ボディーアライメントをしっかり直さないことには、ホイールアライメントが正常に戻らない。そして、ホイールアライメントが正常か否かは、ホイールアライメントテストを行うしか確認方法がない。ここでいうホイールアライメントテストとは、サイドスリップテストのことではなく、四輪のトータルホイールアライメントのことである。

しかし、被告らの主張する修理内容では、ホイールアライメントテストを行うことが前提となっていないので、本件事故車両のホイールアライメントが正常が否かの確認ができず、結局、走行安定性の回復が期待できない。

本件車両のリアサスペンションを構成する複数のアーム類は、リヤホイールハウス、リヤサイドメンバー、リヤフロアにボルトにより取り付けられている。リヤフロア、リヤホイールハウス、リヤサイドフレームといったボディーシェルを構成する部品に損傷があり、その復元が十分にされないと、リヤサスペンションを構成するアーム類の取付位置がずれたままの状態となる。本件車両の場合、リヤサスペンションは、主にアッパーアーム、ダンパー(ストラッドタワー、二本のロアアーム、トレーリングアームで構成されており、アッパーアーム及びダンパーはリヤホイールハウスに、ロアアームはリヤクロスメンバーに、トレーリングアームはリヤフロアにそれぞれ取り付けられている。その各取付位置が事故による損傷で基準位置からずれている場合、リヤホイールアライメントが狂うこととなる。そして、これを修復するためには、サスペンションのアーム類の取付位置について、ボディー修正チャートに従い、三次元計測機を用いて、高さ方向も含めて正確なデータ計測を行うことが必要になる。

特にリヤのホイールアライメントは、セットバック(前後の車輪の平行度)及びスラスト角(幾何学的中心線と自動車の進行線との差)に関係しており、車両の走行安定性に直結している。

以上のとおり、リヤフロア等の損傷はホイールアライメントに大きな影響を及ぼすのである。そして、かかる事故車両の走行安定性、安全性を取り戻すためには、サスペンション取付位置の正確なデータ計測に基づいてボディー修正を行う必要がある。

しかし、被告らが予定している修理では、右ホイールアライメントの狂いは修復できない。すなわち、三次元計測機によるデータ計測、特に高さ方向のデータ計測を行うことを予定していない。また、修理完了後に四輪トータルアライメントテストを行わないので、ホイールアライメントが回復されているかどうかの確認すらできない結果となる。

(4) 不適切な修理が予定されていること

被告東京海上作成の見積書(乙一)には「右サイドシルパネル取替え」「右Frインサイドシル取替え」「サイドシルガーニッシュ取替え」が計上されている。ところで、「インサイドシル取替え」については、被害車両を製造した本田技研工業株式会社のサービスマニュアル(甲四五)にその記載がない。また、右マニュアルには、「サイドシル(アウタ)は、損傷の程度にもよるが、可能な限り修正すること」と記載され「インナ部分を切らないように」「インナまで穴を貫通させないよう」との注意書きがされている。これは、モノコックボディーの場合、サイドシル部はボディー全体の強度を保つ重要なパーツの一つとなっているため、サイドシルの取替え修理は避けるべきであることを示している。右のとおりインサイドシルの取替えは前記マニュアルにも記載されておらず、行うべきではない。

さらに、前記見積書には、「右Rrインナパネル取替え」が「右Rrアウトサイドパネルセット取替え」と共に計上されている。ところで、前記マニュアルには「Rrインナパネル」の取替え修理については一切記載がない。実際のところ、リヤインナパネルを取り替える作業は、ルーフパネルとアンダーボディーが切り離される結果、モノコックボディーの一部を再形成するに等しい作業が必要となり、非常に困難な作業となる。したがって、被害車両は、前記マニュアルに記載のないリヤインナパネル取替え修理を要する損傷を受けており、かかるリヤインナパネル取替え修理は行うべきではないのである。

被害車両は、右各部位の交換修理がされることになっているが、右修理は前記マニュアルに記載がないほど困難かつまれな修理を含むものであり、前記のような修理業界一般の貧弱な修理能力をもってしてはもちろん、保険会社の想定する修理方法によっても、到底安全性を回復できないものである。

(5) 自研センターで設定された標準作業時間、標準条件(ドーザーと直定規)では本件バナナ損傷の修復はできないこと

被告東京海上作成の見積書は、株式会社自研センターで設定された標準作業時間によっているところ、標準条件の一つとされている簡易ボディー修正機(ドーザー)や直定規では本件バナナ損傷の修復は全くできない。

ドーザーは、ボディーの損傷部を外側から修復する機器で、中程度までの損傷の修復作業には適しているが、被害車両のような大程度といってよいバナナ損傷の自動車に対し十分な修復作業をすることは全く不可能である。バナナ損傷の修復には、同時多方引きが不可欠だが、ドーザーには、引き方向に制限があり、複雑な損傷車両に必要な同時多方引きができない等の欠点がある。

ドーザーで修復し直定規、巻尺かトラムゲージで計測するということでは、修復作業と計測がバラバラになってしまい、勘と経験に頼らざるを得ない。被害車両のような大程度のバナナ損傷には、四点固定式フレーム修正機によって同時多方引きを行い、ナイスメジャーで三次元空間における計測ポイントの絶対的位置を計測しながら修正しないことには修復自体が不可能である。なお、自動車板金、塗装業界で、四点固定式フレーム修正機を備えている修理工場は三割程度、ナイスメジャーを持っている工場は一割程度で極めて限られている。

したがって、被害車両を修理するには、ドーザーを超える機能を有した修理機器を使用して修理する必要があるから、修理に要する時間も時間当たりの単価も株式会社自研センター設定の前記標準作業時間等を超える数値を用いる必要がある。

(二) 前記のような被告らの見積上の欠点は以下の事実により裏付けられている。

(1) 被害車両は、本件事故後、株式会社ホンダベルノ愛知が下取りをしたが、同社は、自ら修理をして再販売することをせず、未修理のまま第三者に売却した。

(2) 被害車両には、ハイドロプレーニング現象やハンドルを取られるという後遺症が残った。

すなわち、本件事故後、被害車両は一応の修理をされた上、鈴木和義が使用するところとなった。しかし、同人が使用、走行中、被害車両はハイドロプレーニング現象やハンドルを取られるといった事態を招き危険な状態となった。

(3) 右の事実は被告らの見積りが過少な金額となっていたため必要、相当な修理をすることができなかったことから生じた事態である。

2  自動車を使用できなかったことによる損害

(原告の主張) 二八万円

原告は、本件事故によって、事故日である平成五年一〇月二五日から買替車の納車日である同年一一月八日まで実質一四日間自動車を使用することができなかった。これによる損害額は一日当たり二万円を下らない。

3  無形の損害(慰謝料を含む。)

(原告の主張) 三〇万円

原告は、本件被害を受けたことにより、警察、加害者及び保険会社への対応、訴外裕美子及び被害車両につき車両保険を締結している保険会社との打合わせ、被害車両の始末、買替車の購入、証拠の保全及び収集、学説、判例、実務慣行等の調査、弁護士の依頼等に神経を擦り減らし、多額の調査費用を費やし、貴重かつ多大な時間を割くことを余儀なくされた。

これらの無形の損害は三〇万円を下らない。

4  弁護士費用

(原告の主張) 一〇〇万円

本件被害回復のためには、最高裁判所の判例を変更することが必要であると予想され、そのためには弁護士である原告といえども多数の弁護士に依頼して、十二分に主張立証活動を行う必要がある。この弁護士費用は一〇〇万円を下らない。

5  過失相殺

(被告らの主張)

(一) 亡俊枝は、本件交差点手前の一時停止の停止線付近で一時停止をし、左右の交差道路上の安全を確認した。しかし、加害車両の前方を走行し、本件交差点を先行左折した車両以外に車両は見えなかった。そこで、亡俊枝は、本件交差点を西から東に直進しようと発進したが、加害車両の前部が本件交差点の南北方向の交差道路の中央線を越えた場所付近で初めて交差道路左方(北方)から本件交差点に侵入して加害車両の直前を通過しようとしている被害車両に気付き、ほぼ同時に加害車両の前部を被害車両の右側面に衝突させた。亡俊枝は衝突と同時にブレーキをかけ、衝突地点とほぼ同地点に停止した。

(二) 本件事故態様に照らすと、本件交差点に進入する手前で一時停止した加害車両が、ゆっくりと直進しようとして発進し、そのまま進行していたところ、中央線を越えた辺りで左方から進行してきた被害車両と衝突したのであるから、本件交差点内への加害車両の明らかな先入ということができる。

さらに、被害車両側からは、本件交差点の相当手前、少なくとも制動距離の範囲内において右方道路から交差点内にゆっくり進入してきた加害車両を発見することができたわけであるから、これに気付かずに漫然進行した結果本件事故を発生させた訴外裕美子には、この点においても考慮されるべき過失が存したといえる。

以上から、本件においては、少なくとも二割以上の過失相殺がされるべきである。

(原告の主張)

(一) 訴外裕美子は、被害車両を一社二丁目交差点に向かって西に走行させ、同交差点で赤信号により停止した後、青信号で、同交差点を左折して、黄色の中央線が引かれている片側一車線の道路を南進した。右中央線は本件交差点内部にも引かれており、本件交差点においては被害車両の走行道路が優先道路になっていた。

前記のとおり南進していた訴外裕美子は、進行方向前方の本件交差点の右側(西側)付近も確認したが、加害車両の存在はなかった。

訴外裕美子は、本件交差点のさらに前方の信号のある交差点に設置された信号機が赤色を表示しており、既に停止している車両があり、さらにその後ろに停止しようとしている車両もあることを確認していたので、右信号のある交差点で停止することを想定し、少し減速して本件交差点に向かって南進した。

被害車両が本件交差点に差し掛かったとき、反対車線を北進していた車両と対向した。そして、その直後に、加害車両が、一時停止をすることなく、左方の確認を怠り、被害車両の存在に全く注意を払うことなく、本件交差点西側から突然かなり速い速度で本件交差点に進入した。そのため、加害車両の存在すら確認できない状況で本件交差点に進入した被害車両の運転車訴外裕美子としてはこれを回避することはできず、加害車両が被害車両の右側面に衝突し、その結果、被害車両は、加害車両の強い力を受け本件交差点の南東方向に飛ばされた。

(二) 本件交差点において、被害車両が走行していたのは中央線の引かれた優先道路であり、加害車両が走行していたのは交差点直前に一時停止標識のある道路であり、本件事故は信号機が設置されていない本件交差点内において直進車同士が衝突したものである。そして、このようなケースにおける交通事故の過失相殺の基本割合は、被害車両が一割、加害車両が九割とされている。しかし、この基本割合は、「優先道路を通行している車両は、見通しのきかない交差点においても徐行義務がないが(道路交通法四二条一号)その場合でも同法三六条四項による注意義務は依然として要求されており、具体的な事故の場面では優先道路通行車には前方不注視や若干の速度違反等何らかの過失が肯定されることが多い。ここでは右のような通常の過失を前提として、基本割合を設定している。」と説明されているように、予め優先道路走行車の側に、前方不注視や若干の速度違反等があることが予定されたものである。

しかし、本件では、被害車両は本件交差点に入る手前で減速しており速度違反はなく、また、前方不注視の事実もない。その上、本件では、加害車両に一時停止義務違反があり、さらに左方確認を怠り、十分な減速もしないまま本件交差点に進入したという著しい過失がある。

したがって、以上の点により、本件の場合、前記基本割合に対し、加害車両側にプラス一割の修正がされ、過失割合は加害車両が一〇で被害車両が〇になる。

第三  争点に対する判断

一  争点1(買替え損害額)について

1  前記争いのない事実等並びに証拠(甲六、一〇ないし一三、五四ないし五六、五七の1、2、五八、五九、六二、六八、乙一、一八、二八、三三ないし三八、四〇、四一、四四の1、2、四五の1、四七、五七、証人宮澤隆幸)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

(一) 被害車両は、平成四年六月二三日、初度登録され、本件事故まで一万一八二八キロメートル走行したもので、本件事故当時の時価は一七二万円であった。

(二) 本件事故による被害車両の損傷は、右側面が主要であり、被害車両の右フロントフェンダーから右ドア、右リヤアウトサイドパネルセットにかけて加害車両と接触した痕跡が残った。被害車両の右ドア下の樹脂製のサイドシルガーニッシュには擦過した跡はあるものの大きな変形はなく、リヤアウトサイドパネル部分(リヤウインドガラスの右上方部)に二箇所窪みができた。また、クウォーターガラスの内側のライニングがはがれた。被害車両のルーフ部分は、モールを境に、内側にあるルーフパネルには目立った歪みはなかった。

被害車両後部の左テールランプとトランクリッド(トランクのふた)の隙間は広くなっており、右テールランプとトランクリッドの隙間は狭くなっていた。

被害車両の左のリアホイールトリムには、本件事故によるものとみられる新しい損傷があったが、その他被害車両の左側面には歪みはなく、左側のフロントフェンダーとドア、ドアとリヤアウトサイドパネルの隙間が広くなっていたり、左側への湾曲の膨らみ、ドア、フェンダー等のチリに狂いが生じているという状態はなかった。

被害車両はモノコックボディー車(フロア、ピラー、ルーフ等各構成体を溶接し、一体化したボディー構造を有する車両)であるが、その骨格というべき右フロントピラー、右サイドシルパネル、右フロントインサイドシル、右リヤインナパネル、ルーフパネル、フロントフロア、リヤフロアパネル、右リヤアウトサイドパネルに損傷があり、右リヤサイドメンバーにも損傷が及び、曲がった状態となった。

(三) 右のような状態となった被害車両の修理代につき、事故直後、被害車両と同種の車両を販売している株式会社ホンダベルノ愛知(以下「ホンダベルノ」という。)の担当者の坂本成(以下「坂本」という。)は、レッカー代金を含め九二万三四〇〇円(レッカー代金五万円を差し引き消費税を加えると八九万円九六〇二円)であると見積った。また、被告東京海上から指示を受けた被告東京海上の関連会社である東京海上損害調査株式会社の従業員(アジャスター)である宮澤隆幸(以下「宮澤」という。)は、平成五年一〇月二六日、ホンダベルノの坂本立会いの下、被害車両を調査、見分し、消費税を含め合計で八四万円〇三六七円であるとし、坂本もこれを了解した。なお右両者の調査、査定は右のとおり金額に多少の差異はあったものの修理項目等はほぼ同一であり、いずれも右リヤサイドメンバーの損傷に気が付かず、したがって右部分の修理を計上しなかった。また宮澤はリヤタイヤを交換する必要を感じたが、価格が未定であったため、これを除いて合計額を算出した。

(四) 原告は、本件事故後である平成五年一〇月三一日、ホンダベルノから被害車両と同型式であるホンダプレリュード(車両本体価格一九九万三〇〇〇円)を、値引きその他手数料、各種税等の負担を含め合計価格二一八万円で買い受けた。ホンダベルノは、その際被害車両の価値は未修理の状態で四五万円相当であると査定し、右価格で下取りをし、原告は差額一七三万円を支払った。

(五) そして被害車両は、前記のとおりホンダベルノが下取りをした後、代金四五万円で有限会社パブリック自動車販売に売り渡され、同社から修理を依頼された中京美塗こと古矢友作(以下「古矢」という。)によって修理がされた。古矢は、オートポールシステムと称するフレーム修正機を使用して被害車両を修理した。右修正機は床固定をするもので、普通は四点を固定するものであった。古矢は当時、修理作業に伴う計測作業には、フレームセンタリングゲージ、トラムゲージ、コンベックスルールを使用した。そして、古矢は、被害車両の修理に際し、右リヤサイドインナーパネルは取り付いた状態で板金し、右リヤサイドメンバー(リヤサイドフレーム)、サイドシルインナ、サイドシルアウタ、フロントフロアはいずれも粗出しと呼ばれる板金修理の方法で修理をした。古矢が有限会社パブリック自動車販売から支払を受けた修理代金は同社から現物で提供を受けた部品代相当額も含め三一万七五七〇円であった。

(六) 被害車両は右修理の後、有限会社パブリック自動車販売から日昇自動車株式会社、鈴木千恵子(使用者鈴木和義)と売買され(なお鈴木千恵子の購入価格(本体価格)は一三九万八〇〇〇円であった。)、一度抹消登録されたが、平成六年一二月二六日、再び新規登録されて有限会社ガジョウ産業が所有者となり、その後、木場田修治、大山重信と譲渡され、少なくとも平成一一年四月九日現在も自動車登録をされた状態にある。

ところで鈴木和義は、被害車両の使用中、被害車両が通常の雨天時でも時速約八〇キロメートルで走行するとハイドロプレーニング現象(タイヤと地面との間に水膜ができ摩擦力が失われハンドルがきかなくなる現象)を起こし、また、路面の悪い道で車線変更をしようとするとハンドルを取られたり、路面が悪くなくても、ある程度速いスピードからブレーキを踏み込んでいくとハンドルがきかない状態になると感じた。そして同人は、被害車両を運転中に電信柱に衝突する事故を起こし、これを契機に被害車両を譲渡した(前記のとおり右を契機に一旦は廃車手続がされた。)。

以上のとおり認められる。

そして右によると、被害車両については、被告東京海上側のアジャスターが調査をする前に販売店であるホンダベルノが修理代金の見積りをし、その結果がレッカー代金を除くと八九万九六〇二円であったこと、その後被告東京海上側のアジャスターである宮澤が調査し、八四万〇三六七円と査定し、これについてホンダベルノの担当者の坂本も右金額を了解したこと、右両者の調査、査定はその金額には多少の差異はあったものの修理項目等はほぼ同一であったこと等の事実が認められるのであるから、これによると、被害車両の修理代金は右のように合意された八四万〇三六七円と認めるのが相当である。

もっとも、前記のとおり、坂本も宮澤も、被害車両の右リヤサイドメンバー部分の損傷を発見することなく、したがって前記修理価格の見積りにも右が計上されていないこと、被害車両を現実に修理した古矢は右部分の損傷に気が付き、粗出しと呼ばれる板金修理の方法で修理をしたことが認められ、これによると、被害車両の修理代金は右リヤサイドメンバー部分の修理料を含まなくてはいけないものと考えられる。そして証拠(甲一三、六八、乙一、四〇)によると、古矢は「クォーターインナーパネルB(板金)、タイヤハウスステップB(板金)」という修理項目で右周辺の板金修理につき合計二万四〇〇〇円を請求したこと、もっともホンダベルノや宮澤の見積りにおいても右リヤフロアパネル付近についての修理の必要性を認め、修理項目を計上していたことが認められる。そうすると、古矢の前記修理代金中二万円相当(消費税を含む)が前記右リヤサイドメンバー部分の修理に当てられたものと認めるのが相当である。また、前記のとおり被害車両はリヤタイヤを交換する必要があったところ、証拠(乙四五の1)によると具体的には左のリヤタイヤを交換する必要があり、要する価格は工賃を含み二万八〇〇〇円であることが認められ、消費税を考慮すると二万八八四〇円となる。したがって、修理代金総計は八八万円九二〇七円となり、当事者間に争いのないレッカー等代金五万五六二〇円を加えると九四万円四八二七円となる。

また、前記によれば、本件事故当時の被害車両の時価は一七二万円であったにもかかわらず、右のように修理代金九四万四八二七円を要しても下取り価格が四五万円であるとされているのであるから、右修理代金額も考慮し、評価損として二〇万円を認めるのが相当である。

ところで原告は、被害車両の修理代金は一八七万〇二四七円である旨を主張し、これに沿う見積書(甲六九)を提出するが、証拠(乙四四の1、2、四五の1)によると、右は不必要な部品の脱着等不要な作業も含む修理方法によるものであることが認められ、適正な修理方法とはいえず、直ちに採用することはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告は、本件事故により被害車両は物理的全損、経済的全損となったこと、したがって買替えを前提とした損害の認定をすべきである旨を主張する(もっとも右全損の主張を前提とすると、これにより生じる損害額は事故時における被害車両の時価からいわゆるスクラップ価格を減じたものとなると考えられるが、前記のとおり右のような主張はしない。)。

しかし、前記認定のとおり、本件直後ホンダベルノは、原告が他の新車を買い受けたとはいえ、未修理の被害車両に四五万円相当の価値があるとしてこれを下取りし、しかも、転売し、以後修理の上、転々と売買が反復し、少なくとも本件事故後五年余を経過した平成一一年四月九日現在自動車登録がされていることが認められ、したがって本件事故後、修理の上なお相当長期間走行していることが推認されるのであるから、被害車両が物理的全損状態にあったとはいえないことは明らかである。

次に経済的全損の主張についても、右のとおり転々と売買が反復したというのであるから、このこと自体によっても、その主張が失当であることは明らかであるが、前記のとおり本件事故に伴う修理代は九四万四八二七円であり、評価損を含んでも一一四万四八二七円であることが認められる。したがって、必要な代車料を想定したとしても(原告は、右修理に伴い代車が必要な期間が六〇日で、一日当たり二万円で、合計一二〇万円の代車料を要する旨主張し、これに沿う証拠(甲八、一四)があるが、証拠(証人宮澤隆幸)及び弁論の全趣旨によると、右期間は一四日程度であることが認められ、また仮に六〇日間も要するのであれば、代車料の単価も割り引かれることが推認され、いずれにしても右金額を要しないことが認められる。)本件事故当時の時価である一七二万円と比較して修理をすると時価を超すという趣旨の経済的全損の主張もこれを認めることはできないといわねばならない。

3  次に原告は、本件事故により被害車両はその本質的構造部分に重大な損傷を受け、社会通念上、買替えを相当とする状態となり、買替えを前提とした損害の認定をすべきである旨を主張する(原告の損害額についての主張も、本件事故時の時価が一七二万円で、下取価格四五万円との差額一二七万円が事故による売買価格の低下分であり、これと新車買替えに伴う諸費用及び税金から値引き分を控除した一八万七〇〇〇円との合計一四五万七〇〇〇円を損害額であるとする趣旨と解される。)。

そして原告は、被害車両が、別途独立のフレームを有しない、モノコックボディー車の構造を有していたこと、本件事故により、被害車両後部の左テールランプとトランクリッドの隙間が広く、右テールランプとトランクリッドの隙間が狭くなっていたのは、右側面から入力がパーセルシェルフ(リヤスピーカーの取り付けられているパネル)を伝わり、左のクウォーターパネルにまで波及したためと考えられること、被害車両を修理した古矢が、被害車両がセンタリングゲージで調べると右からのぶつかりの力で六ミリくらい左へずれており、いわゆるジャックナイフ現象(バナナ損傷)を起こし車が曲がっていた旨供述していること(甲六八)、前記のとおり被害車両は右リアサイドメンバーに損傷が及んでいたが、高張力鋼板でできた箱形の部材でフロアの下部にスポット溶接されているリヤサイドメンバーに損傷を受けていたのであれば当然リアフロアにもかなりの損傷があったはずであること、被告東京海上側のアジャスターである宮澤が被害車両の修理費の見積りとして、右サイドパネル取替え、右Frインサイドシル取替え、フロントフロア及びリヤフロアの修理、ルーフパネルの修理、ルーフサイドレールの取替えを計上し、ルーフパネルの修理に一万円、フロントフロアに一万五〇〇〇円、リヤフロアに六〇〇〇円の工賃を計上していること(乙一)、ホンダベルノの坂本が、被害車両がバナナ損傷の状態となった可能性が高い旨述べた記録があること(甲五八、六二)、本件事故後、被害車両を下取りしたホンダベルノは自らこれを修理の上転売することなく、事故車のままの状態で原告からの下取価格で第三者に転売していること、修理後の被害車両を運転した鈴木和義が運転中異常を感じたこと等を理由に、本件事故による被害車両の損傷がバナナ損傷であり、重度のサイド損傷であった旨を主張する。

確かに前記のとおり被害車両がモノコックボディー車の構造を有していたことは認められる。しかし、本件事故による損傷の態様がバナナ損傷であるか否かはともかく、修理が困難で社会通念上買替え相当となったと認めることはできない。なおバナナ損傷の点については、被害車両後部の左テールランプとトランクリッドの隙間が広く、右テールランプとトランクリッドの隙間が狭くなっていた原因については、右リアアウトサイドパネル後端の下部は、リヤフロアやリヤパネルと剛接されており、パネル自体が移動する余地はないが、その上部はリヤパネルの計上がU字形をしているため、左右方向の剛性が弱く、前方からの波及衝撃が作用し、左方向(内側)に若干移動した、又はトランクリッドは、前上部二箇所をヒンジでパーセルシェルフパネルに、後ろ下部一箇所をリヤパネルに、それぞれ固定しているが、その固定は強固なものではなく、横方向の衝撃を受けた場合には、慣性力で比較的簡単に取付位置が変化し右方向へ多少移動したとも考えられるのであり、トランクリッドの隙間の左右差をもって被害車両の損傷がバナナ損傷であったということはできない。また、被害車両がリヤサイドメンバーに損傷を受けていたことや、宮澤がサイドシル、ルーフ、フロア等に原告主張のような修理内容、費用を計上していたことも、それらの部位に損傷を受けたにせよ、その損傷態様には様々な態様が考えられ得るのであり、右各事情から直ちに本件事故による損傷がバナナ損傷であったということもできない。

かえって、前記のとおり、被害車両の左側面には歪みは見られず、左側のフロントフェンダーとドア、ドアとリヤアウトサイドパネルの隙間が広くなっていたり、左側への湾曲の膨らみ、ドア、フェンダー等のチリに狂いが生じているという状態は認められなかったことはバナナ損傷であることを否定するものといえる。また前記認定の事実及び証拠(乙四四の1)によると、加害車両のフロントバンパの強度部材により強化された部分が地上から約四五センチメートルから五五センチメートルの位置にあったこと、加害車両の右部分が被害車両の床付近の補強材的な部分に衝突したときには、双方が剛性を有していることから被害車両にバナナ損傷を招くことが危倶されたこと、そして本件事故に際し加害車両の右強化された部分と衝突する可能性のあった被害車両の床付近の補強材的な部分は被害車両のサイドシル部分であったこと、しかし被害車両の右部分は地上から約二〇センチメートルから二五センチメートルの位置にあり加害車両の右強化された部分との衝突は免れ、前記のとおり右サイドシルを覆うサイドシルガーニッシュ部分には加害車両の擦過した痕跡はあるものの、大きな変形はなかったことが認められる。したがって右のような両車両の剛性部分の衝突は免れたのであるから、このことも被害車両にバナナ損傷を発生させたことを否定する一つの事情であると判断される。

なお古矢、坂本がバナナ損傷等を供述したとの点については、証拠(乙三五、五四)によると、同人らがこれを否定する趣旨を述べたことも認められ、前記判断を直ちに覆すものとはいえない。

また、ホンダベルノが被害車両を下取りしたもののこれを自ら修理することなく有限会社パブリック自動車販売に転売した点は、ホンダベルノがこれにより格別著しい損失を被ったとの事実は認められず、新車の販売に力点を置くか中古車の販売に力点を置くかはその営業上の裁量の範囲内であり、その後の経緯から明らかなとおり、これにより、被害車両は適正な商品価値を認められつつ中古車販売の流通経路に乗ったものであって、格別前記認定、判断を覆すものとはいえない。

そして、鈴木和義が修理後の被害車両を運転した際の異常感についても、少なくとも修理価格からすると古矢が前記のような宮澤等が見積った内容の修理をしたとはいえず、したがって右修理を前提とした鈴木和義の運転上の感想は必ずしも前記認定を覆すものとはいえない(なお証拠(甲五四)によると、同人は被害車両を運転したところ、制限速度が毎時六〇キロメートルの一般国道を毎時八〇キロメートルの高速で走行したり、被害車両で事故を起こした後に購入した車両を毎時一七〇キロメートルの高速で運転して別途事故を起こしたりしたことが認められ、その運転方法には疑問がある。)。

なお原告は、財団法人日本自動車査定協会の中古自動車査定基準を参照したとき被害車両にはそのDランクに該当する損傷が認められるから本件事故により被害車両が社会通念上買替え相当とされる重大な損傷を被った旨も主張する。しかし、被害車両の損傷部位に右査定上のDランク該当の損傷が認められるか否かはともかく、仮に認められたとしても、このことのみから直ちに全体としての被害車両が社会通念上買替え相当とされる重大な損傷を被ったとまではいえない。

その他原告は、前記宮澤の作成した見積書記載の修理内容、金額を非難し、本件事故により被害車両が社会通念上買替え相当となった旨を主張する。しかし、証拠(乙四四の1、2、四五の1)によると、右見積書記載の修理内容、金額は相当であったことが認められる(ただし前記のとおり右リヤサイドメンバー、リヤタイヤ部分を除く。)ほか、前記のとおり、被告東京海上側のアジャスター等の調査を受けるまでもなく、ホンダベルノの担当者が宮澤作成の見積書記載の修理内容、金額とほぼ同旨の見積りをしたこと、そしてホンダベルノは被害車両をスクラップ車としてではなく下取り車として受け入れたこと、被害車両はその後も修理の上現実に長期間にわたり、所有者を替えつつ走行していることが認められるのであるから、右事情に照らすと被害車両が社会通念上買替え相当となったとは到底いえないものであり、したがってこれを前提とした原告の主張は失当といわねばならない。

二  争点2(自動車を使用できなかったことによる損害)について

原告は、本件事故により買替えまでの一四日間自動車が使用できなかったとしてそのことによる損害を主張する。しかし、原告が右期間現実に代車等を必要とし、これを借り受ける手続をした等の事実は本件全証拠によってもこれを認めることができない。

したがって原告の右主張は、現実の損害が認められないものとして失当である。

三  争点3(無形の損害(慰謝料を含む。))について

原告は本件事故により慰謝料を含む無形の損害を被った旨を主張するが、本件のようないわゆる物損事件においては、その性質上、適正な価格の損害賠償がされ、原告が有していたその財産的な価値が適正に回復することにより、特段の事情がない限り、原告に別途格別の精神的苦痛を残すことはないものと解される。

したがって原告の右主張は失当といわねばならない。

四  争点5(過失相殺)について

1  前記当事者間に争いのない事実等及び証拠(甲一、二、五、六、三四、三五、三七、乙三三、丙一、二、三の1ないし14、証人浅井裕美子、承継前被告小林俊枝本人)によると以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、ほぼ南北方向の道路(以下「本件南北道路」という。)とほぼ東西方向の道路(以下「本件東西道路」という。)との交差点で、本件南北道路には本件交差点内も含め黄色の中央線が連続して引かれ、片側一車線であった。また本件東西道路の少なくとも西側から本件交差点に進入する位置は一時停止の規制がされ、一時停止の停止線が引かれていた。

(二) 亡俊枝は、本件事故当時、加害車両を運転し、本件東西道路を西から走行し、本件交差点を東方に直進、進行中であった。ところで、本件事故直前、加害車両に先行して本件東西道路を西から東に走行していた車両があったが、右車両は本件交差点で左折北進をした。

亡俊枝は、本件交差点手前の一時停止の停止線付近で一時停止をしたが、同所での左右の見通しが悪いことから、さらに加害車両を前進させた後停止し、本件南北道路上の安全を確認した。しかし、前記の左折した加害車両の先行車両以外に車両は見えなかった。そこで、亡俊枝は、本件交差点を東に直進しようと発進した。そして亡俊枝は、加害車両の前部が本件交差点の本件南北道路の中央線を越えた場所付近で初めて本件南北道路北側から本件交差点に進入して加害車両の直前を通過しようとしている被害車両に気付き、ほぼ同時に加害車両の前部を被害車両の右側面に衝突させた。亡俊枝は衝突と同時にプレーキをかけ、衝突地点とほぼ同地点に停止した。

(三) 訴外裕美子は、被害車両を毎時約二〇ないし三〇キロメートルの速度で運転し、本件南北道路を北から南に進行していた。訴外裕美子は、本件交差点付近に至ったとき、進行方向前方の本件交差点の右側(西側)付近も確認したが、加害車両の存在を認めなかった。

訴外裕美子は、本件交差点付近に至ったとき、本件交差点のさらに前方(南側)の信号のある交差点に設置された信号機が赤色を表示しており、既に停止している車両があり、さらにその後ろに停止しようとしている車両もあることを認めた。そこで訴外裕美子は、右の信号のある交差点で停止することを想定し、少し減速して本件交差点に向かって南進した。

被害車両が本件交差点に差し掛かったとき、本件南北道路の反対車線を北進していた車両と対向した。そして、その直後に、加害車両が、本件交差点西側から本件交差点に進入した。そして、加害車両が被害車両の右側面に衝突し、その結果、被害車両は、本件交差点の南東方向に飛ばされ、停止した。

以上のとおり認められる。

2  右認定の事実によると、本件は、加害車両の先行車両が本件交差点を左折北進をし、右車両が加害車両と被害車両の各運転者の視界の間に入ってしまい、双方の運転者が相手方車両に気が付かず、衝突に至ったというものと認められる。

そうすると、いずれの運転者にとっても本件事故はやむを得ない面があるが、本件の場合、被害車両が走行していたのは中央線の引かれた優先道路であり、加害車両が走行していたのは交差点直前に一時停止標識のある道路で、本件事故は信号機が設置されていない本件交差点内において直進車同士が衝突したものであること、そして前記認定の事故発生の経緯を考慮すると、加害車両の過失が九割、被害車両の過失が一割と認めるのが相当であり、したがって原告の前記損害についても右割合の過失相殺がされるべきである。

3  以上によると、原告の前記損害金合計一一四万四八二七円(修理代金総計九四万四八二七円、評価損二〇万円)に前記割合の過失相殺をすると、その損害額は一〇三万〇三四四円となる。

1,144,827×(1−0.1)=1,030,344

五  争点4(弁護士費用)について

原告は弁護士を職とするものであるが、本件事案の内容に照らすと弁護士を委任することが相当であると認められ、訴訟の経緯、認容額等を考慮すると、本訴提起に伴う弁護士費用中本件事故と因果関係ある分は一〇万円をもって相当とする。

六  既払金

前記のとおりレッカー等代金五万五六二〇円を被告東京海上が弁済したことは争いがないから、これを控除すると、損害額の合計は一〇七万四七二四円となる。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は被告光彦、同淳各自に対し損害金五三万七三六二円及びこれに対する本件事故日である平成五年一〇月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求め、被告東京海上に対し、原告の前記被告らに対する本判決が確定したときに(被告東京海上に対する請求はその性質上条件付で認容されるものであり原告も本訴においてその趣旨の請求とした経緯があるが最終的に無条件の請求を求めた。)、損害金一〇七万四七二四円及びこれに対する本件事故日である平成五年一〇月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・北澤章功、裁判官・榊原信次、裁判官・山田裕文)

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